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スマート・エイジング・カレッジ



7月13日 二時限目

 「がんと染色体異常」
 
 東北大学加齢医学研究所分子腫瘍学研究分野教授 田中耕三先生




がんがどのようにしてできるのか?という疑問を、染色体というミクロな世界の

観点から詳しく教えてくださいました。

固形癌の90%、血管系腫瘍の75%で染色体数の異常が見られ、

“癌とは染色体が異常になる病気”とも言えるのだそうです。

染色体異常を持つ細胞の多くは、修復されたり自滅したりして除かれますが、それでも

除かれなかったごく一部の細胞の中からがん化するものが現れ、やがて悪性化するという

ことでした。




がんを防ぐための日常生活のための心がけとしては、やはり

・バランスのとれた食生活

・適度な運動

・適切な体重維持

・お酒はほどほどに

・塩辛い食品は控えめに

・定期的ながん検診

・がんについての正しい知識を得る

・たばこは吸わない

・他人のたばこの煙をできるだけ避ける


・・・などなどがありますが、特に他人のたばこの煙(副煙流)が、やはり非常に恐いそうです。

たばこの煙は、がんの原因の30%に当たる・・・とも言えるそうです。




現在では乳癌や肺癌などに対しての遺伝子レベルでの治療も行われているそうですが、

異常な染色体ができた!ということを感知する人体の仕組みは

まだ発見されてはいないのだそうです。

このような仕組みが発見され、検査方法も確立されれば、がんの早期発見、早期治療に

ものすごい進歩がもたらされるのではないかと思います。




講師の先生はまだお若い先生でしたが、本来なら分かりにくい染色体が分かれる仕組みや

染色体の数が保たれる仕組みなどを、お子さんの可愛らしい色とりどりの靴下

(対になっているので分かれる仕組みが理解しやすい)を使って教えてくださったり

演壇の中央まで進み出て、語りかけるような静かな口調・・・しかし熱意を込めて

講義してくださいました。

とても穏やかで謙遜な佇まいに、気持ちまで爽やかになりました。




カレッジも今は夏休みですが、9月からの開講も楽しみです。










   
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スマート・エイジング・カレッジ


7月27日はスマート・エイジング・カレッジの日でしたが、

ぎっくり腰のためにお休みしてしまいました。

カレッジは今の私にとって三本の指に入る楽しみなので、とても残念でした。

それでもう遅すぎる話題になってしまったのですが、

7月13日のカレッジのまとめを、簡単にしたいと思います。




一時限目

 「加齢・老化のかたち」

  東北大学加齢医学研究所 病態臓器構築研究分野教授 
    
     福本学先生




〈高齢者の外観〉

 ・白髪が多い

 ・肌にしわがある

 ・姿勢が悪い(背中や腰が曲がっている)

 ・統合的運動ができない

  (小さな歩幅でゆっくり歩く、歩くときにふらつく、震える)

 
  ※老化は形態にのみ現れるものではない  身体・運動機能と関係する




〈老化の定義〉

 ・単なる形態的な変化ではない

 ・年齢と共に各臓器の機能あるいは、それらの統合性が低下し身体の恒常性が

  維持しえなくなり、最終的には死に至る過程である。

 ・これらの過程は不可逆的である。



〈老化とは〉

 ・加齢とともに個体が死亡する可能性が増加する現象

 ・普遍性、固有性、進行性、有害性をもつもの





以上、講義の冒頭で学んだレジュメからの抜粋です。

これを読んでみて、みなさんはどう思われたでしょうか?

これらのことはみんな分かっていることですが、

改めて“これでもか!”って感じで言われると、

中高年の方たちは正直言って、少し落ち込んだりしませんか?

アラフィフの私は、最初は落ち込んだんです。

老化は誰にでも平等に訪れる現象ですが、できることなら普段は忘れていたいんですね・・・。

でも話の冒頭でこうはっきり言われると、老化に正面から向き合うしかありません。

そうして講義が段々と進んでいくうちに、私の中には何だか別な感情が浮かんできました。

一言で言うのは難しいのですが、一旦自分の中で老化を受け入れたり、認めたりしないと

これから先には進めないんですよね・・・。

そう思ったら何だか心がス~ッと楽になっていきました。

これはなかなか不思議な体験でしたよ。

もちろん講義では、老化に関するネガティブな面ばかり教えてもらったわけでは

ありませんし、なによりも先生の悠然としてひょうひょうとした語り口が

“老化は仕方ないけど、そんなに悪くもないんだよ”・・・と言ってくれているようで、

(先生のお年は50代中頃から後半・・・?)

最後は何だか満ち足りた気持ちで講義が終わりました。



最後の質問コーナーで川島隆太先生が「先生の若さを保つ秘訣はなんですか?」と

と質問したところ、先生は「・・・助平なことと好奇心です」と答えられ、

私は思わず「あはは・・・!」と声を出して笑ってしまい、ちょっと恥ずかしかったです。

こんなことを申し上げては失礼かもしれませんが、

人を惹きつける不思議なオーラを持った、楽しい先生でした。



二時限目は次回のブログで報告しようと思います。









スマート・エイジング・カレッジ

 
前回のブログの続きです。



6月8日

二時限目 「人は血管とともに老いる?」

 東北大学大学院医工学研究科教授 西條芳文先生



動脈硬化には加齢が影響していますが、血管の炎症も関係しているそうです。

LDL、これは悪玉コレステロールと呼ばれていますが、この値が上昇すると

動脈硬化を促進すると言われています。

こちらのもう少し詳しいメカニズムですが

(とは言ってもとっても複雑なので、私が理解した範囲内でお伝えします。

いつもいつも申し訳ないのですが、興味のある方はご自分でも調べてみてくださいね)

血管内のLDLは酸化LDLになるのですが、この酸化LDLを身体は敵と

みなして免疫系(単球やマクロファージなど)がこれを攻撃します。酸化LDLを

貪食したマクロファージは泡状細胞となり、この細胞の死骸が血管内壁に

へばりついて炎症(腫れ)がおこり、血管内腔を狭くして動脈硬化の一因と

なるんだそうです。

動脈硬化の原因としては高血圧や高脂血症があると知られていますが、

血管内壁の炎症とは認識したことがなかったので、とても勉強になりました。



また、心臓の検査として、冠動脈(心筋に酸素を供給する動脈)を3D映像で

診ることができる「冠動脈CT」、現在開発中の「パラメトリック・イメージング」

(血管壁の硬さや脂肪の沈着などの様子が色でわかるものです)

それから開発した超音波装置を持ってきてくださり、実際の頸動脈エコーを見学する

こともできました。



私たちが日常生活で気を付けなければいけないのは、メタボリック・シンドロームの

予防と治療です。食事も大事なのですが、運動も同じぐらい大事なんだと

認識を新にしました。

無理な運動で身体を壊したり、三日坊主にならないように適度な運動を毎日

コツコツ続けていくのが大切です。

何事も“毎日コツコツ”が王道なんですね・・・。



私は運動があまり好きではないし得意でもありません。

もし始めるとしたらダンス系が楽しそうだなあ・・・バレエがしたいなあ・・・

なんて思うのですが、そうなると痩せるまでレオタードは着たくないし、

いつまでもぐずぐずしてなかなか始められないので、ウォーキングなどが

手っ取り早いし、毎日コツコツの王道なんでしょうね。

まだ子供が小さい頃、ポスティングのバイトをしていたことがあるんですが、

週に二回、一回につき2~3時間速足で歩いてチラシ配りをしていたところ、

半年で体脂肪率が5パーセントも下がりました。

歩くのってやっぱり効果があるんですね。





スマート・エイジング・カレッジ

 
6月8日のカレッジの復習です。



一時限目

 「現代日本人の死生観」

 東北大学大学院文学研究科教授 鈴木岩弓先生



先生は宗教学、その中でも「宗教民族学」を専門としておられるそうです。

今回の講義も大変興味深くて面白かったです。

大変古い歴史のある雑誌「中央公論」にみる「死」に関する記事の取り扱いの

長年のわたる変遷と、近年の墓の形態の変化から現代の死生観の変化を探って

いきました。



雑誌から見る変化としては、戦争とか有名人の死とか、病院に対する不信感とか

癌、エイズ、脳死、看取り・・・など、様々な社会現象や社会問題と密接に

関わりながら死生観も変化しています。また近年の変化として興味深いな・・と

思ったのは、“私の死”とか“私は死をどうやって迎えたいのか”などの

一人称の「死」が戦後を境に急に増えてきたんだそうです。戦争の悲惨さを

目の当たりに経験したことで、一人ひとりが死について考えるようになったのだと

思います。そして今は自由に自身の死生観について語れる時代になっていますね。



次に墓に見る変化ですが、今は色々な形態のお墓があるんですね。

洋型の墓石、家紋が無いお墓、墓に刻まれる文字内容に宗教的な規制のない

もの(例えば故人の好きだった言葉や家族の故人に対する思いが書かれていたり)

など、多種多様です(あくまでも市民墓地ですが)

そのような変化からは、宗教離れ(仏教離れ)や、あの世よりも現世を大事にしようと

いう死生観の変化や、イエの一員としての死ではなく、私の死という一人称の

死生観、つまりイエ意識の希薄化が見てとれます。



そう言えば私は一人娘だったため、“お前は跡取り娘なんだから”と言い聞かされて

育ち、長男と付き合おうとしたものなら全力で阻止されたものです。

「どうして好きな人と結婚しちゃいけないの?」と私も泣きながら抗議したりした

こともありましたが、それに対する親の答えは

「お前が嫁に行ったら、誰が墓守するんだ!!」でした。 

今の時代はなかなか「墓守」って言わないですよね。

私の息子は一人っ子で、「僕は結婚なんてしたくない。子どもも嫌いだし・・・」と

言います。年頃になって好きな人でもできれば結婚したいと思うのかもしれませんが

しないならしないでいいと思ってます。私の両親は「子孫を残さないなんて

イエが潰れる・・絶対許せない!」という考えでしたが、今のところ私はそんな風に

思ったことはありませんし、両親には大変申し訳ないのですが、息子の代で墓守が

いなくなったとしても仕方ないんじゃないかな?と思っています。

私がもっと年をとったら、イエ意識も変わるのかもしれないし、やはり両親に対する

思いもあるので、これ以上言うのは止めておきます。

でもやはり、自分の取り巻く環境の中でさえも、たかだか40~50年の間に

死生観が変化しているのかもしれません。

なんだか脱線して私の個人的な話になってしまいまいました。



講義の最後の質問コーナーで、心に残る話がありました。

東日本大震災で最愛の家族などを亡くされたかたへの心のケアには、先生のような

宗教研究者、医師、臨床心理士など、それぞれの分野でそれぞれできることが

ありますが、遺族が一番知りたくて、でもどんな専門家にもわからないので知ることが

できないこと・・・例えば「亡くなった家族はどうなってしまったんだろう?」

「何処にいるんだろう?」「どんな思いで死んでいったんだろう?」という

疑問に答えが見いだせないことに苦しんでいる人が多いのだそうです。

そのような人に対しては、宗教家(布教が目的ではなく)の助けが必要とされている

そうです。



スマート・エイジング・カレッジ 

5月25日のスマート・エイジング・カレッジ

前回のブログの続きです。



2時限目

 「地域社会の死生観」

 東北大学大学院文学研究科准教授 辻本昌弘先生



「山上の仏おろし」というVTRを見せてもらいました。25年ほど前の古い映像です。

仏おろしとは、すごく簡単に言うと東北地方で行われている“死者との交信”です。

イタコの口寄せに雰囲気は似ています。

青森県津軽地方で行われているものですが、カミサマと呼ばれる霊能者と

その信者が、岩木山の赤倉というところまで登り、そこでカミサマは死者を

呼び出し、死者からのメッセージを残された遺族(信者)に伝えます。

カミサマもカミサマと一緒に山に登る信者も、みんな普通の中高年女性で、

いつもは普通に地域生活を送っている地域のお仲間です。



カレッジでこのVTRを見たのは、“霊はいるとか、いないとか”・・そういうことを

議論するのが目的なのではなく、“死者と対話する人々のVTRをみて、悲しみの

救済や、世代の継承について考える”というのが目的でした。



確かにその死者との交信は、私たちがイメージするものとは少し異なっていました。

普通のオバチャンたちが井戸端会議をしているかのような、何処となくノンビリした

ような雰囲気もあります。



まずカミサマが死者を呼びます。カミサマの口を通して語られる、その死者が

発する言葉から、信者たちはみんなで“誰だ?誰が来たんだ?”と話し合って、

やがて“あ~!火事で死んだ〇〇〇さんだ!!”とか、みんなで納得しあって

“よく来たね・・”とみんなで身体を震わせて涙を流し、遺族と死者を

引き合わせます。それから死者は遺族に自分の言葉を聞かせますが、

それは残していった遺族を心配して、気遣う言葉です。

それを聞いたみんなは死者に、“心配しなくていいんだよ・・・”と

やさしく声を掛けたり、生前のその人の思い出話を懐かしそうに語り合ったり、

“何年たっても(死者は)来るもんなんだよ・・・”と言い合って、死んでもそれで

終わりじゃなく、いつも遺族を見守っているものなんだ・・・ということを

暗に示します。そして仏おろしが終わると、みんなで“良かったね”と

非常に満足して山から降りるそうです。



ここでのポイントをいくつか上げるとすると、普段一緒の地域で生活していて、

お互いの生活事情や家族構成なんかもよく知っている者同士が集まって

仏おろしをしています。そして死者がくるとみんなで“誰だ?誰だ?”と言い合い、

みんなでそれが誰なのか納得すると、みんなで身体を震わせ涙を流し、

みんなで“よく来たね・・・”とお迎えし、みんなでその亡くなった人の

思い出話をし、みんなで亡くなった人が今でも遺族のことを思っていることに

感心します。そして“良かったね~”とみんなで非常に満足して帰って行くのです。

みんなで、みんなで・・・としつこく書きましたが、キーワードは

この「みんなで」だと思います。

「悲しみの共有」です。

カミサマも信者の人達も、普段からよく知っている同士で連帯意識も強いので、

他の人の感情でも自分のものであるかのように共有できるのでしょう。

そして遺族のかたにとっては、一緒に悲しんでくれたり、想い出話をしたりして

感情を共にできる人たちがいる・・・というのが大きな慰め、そして悲しみからの

救済に繋がっているのかもしれません。

それからこの人たちにとって、死は終わりではなく、

現世の人たちを案じ、守る・・という、死んでも自分には果たすべき役割がある・・

だから有限の人生が空しいものではないんだ・・・と思いがあるようです。



人は誰でも一人では生きてゆけません。

人と人との繋がりの中で生きています。

私がこのブログを書いているのだって、誰かと思いを共にしたいからです。

もちろん友達や家族とだって思いは共有できますが、ホントのことが上手く

表現できなかったり、よく知っている相手だからこそ、言えないこともあります。

だから誰かが自分が発信したことを知っててくれてるんだ・・と思うことは

とても嬉しいし、その上こんな拙いブログにポチッと拍手を押してくれる方も

いる・・というのは、小躍りするくらい嬉しいんですよ・・・。

ブログを読んでくださっている方、

それからポチッとしてくださった方、ホントにどうもありがとうございます。



最後に講師の先生は

「伝統は懐かしむ対象ではなく、現代の歪みを映し出す鏡である」という言葉を

紹介してくれました。「仏おろし」という伝統が、「現代社会の人間関係の希薄さ」を

映し出しているのかもしれません。

もしかしたら「通過儀礼」というものも、その一つの面として、いつまでも

大人になりきれずに中年になっても青年期から抜け出せない大人が多い・・

という現代の社会現象を映し出しているのかなあ・・と

ふと考えてみました。
















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