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父のこと


連続テレビ小説の「梅ちゃん先生」を見ていると

梅ちゃんのお父さんがいいなあ・・と思います。

厳しいけど優しくて、責任感が強くて使命に忠実で・・。

昔のお父さんには、あのようなタイプが多かったのでしょうか?



私の父は明治男です。私は父が57才の時の子どもです。

父は再々婚ぐらいだったみたいですが、母は初婚でした。

それはもう厳しかったです。父にしてみれば今まで子どもに恵まれず、

私がたった一人の子どもで(私は一人っ子)ましてや女の子なので

ある意味溺愛されましたが、厳しくて恐い父でした。

学校のない日は出かけてはいけないと言われ、父から家事を仕込まれました。

男尊女卑の精神も強く

「女は黙ってハイと言え」とか「勉強よりも家のことをしろ」とか、

よく言われました。それによく叩かれました。

部屋も毎日のようにチェックされ、散らかしている物は捨てられました。

年頃になり、男の人から電話があったり手紙が届いたりするともう大変です。

電話では「娘とはどういう関係だ!」と問い詰め、手紙は勝手に開けて読んでしまう

こともありました。他にも色んなことがあったけど、ブログには書ききれません。

私はいつも父の顔色ばかりみてビクビクしていたし、父のことが嫌いでした。

父が車で出かけると“事故にあって死ねばいいのに”とさえ思ってました。



厳しいのは別に構わないのですが、威張ってるわりには

言っていることとやっていることに矛盾があるので

私は表面では父に従ってはいても、心の中では軽蔑していました。

女遊びも何度かあったみたいで、母は私に泣きついていましたが

(娘に泣きつくなんて母も変ですね)

私は何の感情もなく“あの人が何をしようと関係ない”と

心は完全に冷えていました。そして喧嘩ばかりしている父と母が

どうして別れないんだろう・・といつも不思議でした。

父も母も私に向かって「お前がいるから別れないんだ」と言っていましたが

“私のせいにしないで!いい加減にして!”と思ってました。



父のことがあんなに嫌いだったのに、父が死んで15年ぐらい経つと

悪いところだけではなく良い面も浮かんでくるようになりました。



父は生活をきちんと管理していて働き者でしたし、綺麗好きでした。

朝4時に起きて、一時間かけて身支度を整え、その後丁寧にお茶をいれて

飲みます。それから朝ごはんまでの時間、部屋や外の掃除をしていました。

機嫌が悪いと二階で寝ている母と私に向かって

「家長より遅くまで女が寝ているとは何事だ!」とどなることもありましたが・・



感情的で短気な人でしたが、同情心の厚い人でもありました。



辛い家庭環境の中で育ち、学校は小学校2年生までしか行っていませんが

自分で勉強して英語もできたし、すごく字や文章を書くのが上手だったし、

一人静かにクラシック音楽を楽しむような人でした。



ハンサムでお洒落だったので、たとえ65才ぐらいの父でも授業参観に来てくれると

鼻が高かったです。背は大きくなかったのですがスラッとしていて

銀髪をキレイに撫で付け、三つ揃いのスーツを着た父は素敵でした。

父が入ってきた時、あ母さんたちの間で「あの人は誰?俳優?」という

どよめきがあったと、まんざらではなさそうに母はみんなに自慢してました。



結局15年前に肺がんで死にましたが、血中の酸素濃度がこんなに低くて

どうして起きていられるんだろう・・という状態になっても

横にはならずにリクライニングソファーで過ごしていました。

どうして横にならないのか?と聞いてみたら

「一度寝たら寝たきりになってしまうから起きてる・・」と頑なでした。

夜寝る時以外は、決してパジャマで過ごすことはありませんでした。

意識がなくなる数日前には母にすごく優しくなり、何かしてあげるたびに

「ありがとう」と言っていたそうです。父と母はすごく仲が悪くて

母はいつも父のことを「早く死ねばいいのに・・」と影で言っていましたが

父が突然劇的に変わったので、泣いて泣いて

「あのジイサン、どうして最後まで私をいじめてくれないんだろう!
 
   悲しくなっちゃうじゃないの!」エ~ン、エ~ンと大泣きです。

私にはよくわからないけど、夫婦って可笑しくて、そしてすごいものなんですね・・。



父は私にも謝ってくれました。

「お前にはずいぶん厳しいこともしたし、辛い思いもさせて済まなかった・・

   でもお前のことが可愛くて可愛くて仕方なかった」と泣きながら言ってくれました。



父のことがあんなに嫌いだったのに、父のある面だけは尊敬できるのです

今でも父との辛い関係は蘇り、私を苦しめますが、

尊敬できる・・ということは、私が幸せだということです。

生きていく力になるということです。パパありがとう・・。









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[ 2012/04/20 10:48 ] 考えたこと | TB(0) | CM(0)





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