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スマート・エイジング・カレッジ

5月11日は第3回目のスマート・エイジング・カレッジでした。

前回の講義は最新医療技術に触れ、自分の中ではその知識を咀嚼して

取り込むのがメインでしたが、今回は哲学的なことや、個人の宗教観や

死生観が関係することだったので、講義を聴きながらも悩んだり考え込んだり

することが多く、今回ブログに記すのが難しくおもえます。でも自分の学んだことや

考えたことをまとめる機会にもなるので、やってみようと思います。




一時限目

 「あの世」はどこに行ったのか?

   ~近代日本における死生の行方~

 東北大学大学院文学研究科助教 桐原健真先生



まず、どうして日本では次第に「あの世」について語られなくなったのか・・

ということが考察されました。その理由を以下に示します。



・日本では1976年を境に在宅死より病院死が多くなり、今では病院死が8割を

 超えており、かつては身近で日常的であった死が病院での出来事、非日常的

 なものになってしまい、「あの世」とか「お迎え」について語られなくなって

 しまった。

・近代教育が成立するにあたり、日本はその基盤を現世主義(哲学や儒教の

 教えを重視)に置くか、宗教に置くかの選択に迫られますが、現世主義を

 選択したことで、神や仏、あの世・・といった現実世界を超越したものが

 否定されるようになってしまった。

・かつて日本は神道と仏教が融合されている傾向にあったが、1868年に

 神仏分離令が出されたことで、神道は宗教ではなく、儀礼であるとされ、

 仏教では仏などの超越性が否定されたことで、精神主義(念仏や座禅などの

 精神修練)に傾いてゆき、ますます「あの世を」を語らない社会になっていった。



などの背景があるそうです。



このような話は大変難しく、知識のない私にとってはまとめるのも困難なのですが、

やはり詳しくお知りになりたい方は、自分で調べてみてくださいね。

ごめんなさい。



次に、では本当に「あの世」は無くなってしまったのか?という問題です。



在宅緩和ケアを行っている医院で、看取りを行った家族へのアンケート調査を

行ったところ、亡くなった方が亡くなる1か月前とか何日か前に

「今、死んだお母さんが来て、話をしていたんだ・・」とか、

「死んだ弟がきてくれて楽しかった」とか「・・迎えの船が来てたんだ」とか、

いわゆる「お迎え」体験をしていた人が、何と全体の4割以上いたということです。



こういう話は昔からあるので、そう驚くようなことではないのですが、

4割以上・・と考えると、“どうしてそんな現象がおこるのかな?”という

疑問が生じます。ある人は「そういう現象は科学的に証明できる」と言う

かもしれないし、「目に見えないものは信じない」と言う人もいるでしょう。  

また霊的なものの存在を信じている人もいます。でも死んで生き返った人は

いないので、その人に「あれはホントにお迎えだったの?」とか

「あの世って、あるの?」とか聞くことはできないので、本当のことなんて

わからないし、議論しても仕方ないし、分らなくていいことだと思います。

大切なのは、それらのお迎え体験が、死にゆく人にとっては

事実だということ・・それだけでいいんだと思います。



“人は一人で生まれて、一人で死んでゆくもの”というのが定説で

誰でもそのことは理解して生きていますが、もし死の間際にあって

親しかった人がお迎えに来てくれて、水先案内人になってくれるのなら

恐怖感や悲しみの軽減、あるいは大きな慰めになるのかもしれません。



この調査は在宅緩和ケアを受けていた患者さんの家族に対する調査

ですが、病院だと、患者さんがお迎え体験のことを話したりすると、

精神錯乱からくる幻覚や幻聴だと診断されて、鎮静剤など投与される

こともあるそうです。そうなると患者さんは、意識が不明瞭になって

お迎え体験ができなくなったり、残していかなければいけない家族にも

残していきたい言葉を発することが出来なくなってしまうかもしれません。

激しい死の恐怖に怯えていたり、悪夢のような幻覚に苦しんでいたり、

あるいは辛い疼痛に襲われているような人には、薬物投与が必要ですが、

穏やかにお迎え体験をしている人にそのような「治療」は

何になるのでしょうか・・・?



1998年のWHOにおける健康の定義には、従来の、肉体、精神、社会福祉の

他にスピリチュアルな健康が含まれましたし、2002年のWHOにおける

緩和ケアの対象には、痛み、身体的問題、心理社会的問題、そして

スピリチュアルがあげられているそうです。宗教的にあいまいな立場にある、

そして、あの世について語らなくなった日本人は、このスピリチュアルな

問題について話し合うのは非常に難しいんだそうです。でも哲学者や

宗教学者ではなくても、あるいは医療従事者ではなくても、すべての人が

スピリチュアルな事柄について考え、話し合ってゆく必要が

今の時代は特にあるのだと思います。



スピリチュアルというのは難しい概念ですね・・。一言で言うと

「霊的な必要」とでも言うのでしょうか?

精神よりももっと上位にある概念なんでしょうね。

私はそのように理解しています。



余談ですが、カレッジを終えて帰宅してから、息子に講義の内容を話して

次のようにお願いしました。

「お母さんの死が近づいて、誰かがお迎えに来たんだよ・・と言っても、

そんなことあるわけないでしょっ!・・って言わないでね。お迎えがきてくれたら

寂しくないね、良かったね・・って言ってね 」とお願いしました。

息子もわかってくれて、「うん、分った。そうするよ。」と言ってくれました。



二時限目は次回にしますね。




 
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