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3.11

あれから一年が経とうとしています。

ブログであの日のことを整理してみようと思いました。



あの日の4~5日前からうつ状態が酷くて、3・11は仕事を休んでしまいました。

気持ちも身体もまったく動かず、リビングのホットカーペットの上に布団を敷いて

寝ていました。春休みになったばかりの息子は、同じ部屋でパソコンをしていました。

そこにあの地震が・・・

とっさに息子に「〇〇!机の下・・!!」と叫んでました。

息子と二人、ダイニングテーブルの下に潜りました。

長い地震だったように感じるのですが、恐怖のためかよくわかりません。

ただ息子が以外にも冷静な声で、

「・・・でかいな・・」「これって宮城県沖地震だよね・・」と

地震に耐えながらボソッと言った、あの場にそぐわない程に冷静な言葉が・・

かえって私の恐怖を強くしました。

地震が終わって、壁のクロスはあちこち破け、食器は割れ、台所のシンクや

浴槽はずれてしまい、外壁はところどころ ヒビが入りました。

とにかく暗くなる前にいくらかでも片付けを・・と、飛び散ったガラスを踏まないように

スリッパを履いて片付けを始めました。

あっという間に暗くなってきて、雪まで降ってきました。

暗くなれば寝るしかありません。とにかく寒くて寒くて

布団にでも包まっていたかった。すぐに飛び出せるように服とコートを着て、

その夜は息子と一緒にリビングに簡単に布団を敷いて休むことにしました。

ラジオから“若林区で200~300体のご遺体が・・”という声が聴こえ

その時初めて被害の大きさに気づいた思いでした。

横になっていても頻発する余震のため、眠れるわけなんかありません。

でも息子はイビキをかいていてビックリしました。

ずーとラジオをつけていて、何度も何度も地震の警戒音と男性アナウンサーの

「落ち着いて行動してください!」「頭を守ってください!」という声が響きます。

どうしてだかわかりませんが切羽詰った男性の声がなんだか辛く感じてしまい、

NHKからFm仙台にチャンネルを変えました。

女性アナウンサーが二人、落ち着いた、でも緊張感を持って、

静かに情報を伝えています。

私はあの晩あの静かな声に、どれ程救われたことでしょう・・。

もしできることなら、いまでもお礼を言いたいくらいです。



長いブログになってしまいました。次の日以降のことは

また改めて記そうと思います。




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[ 2012/03/10 23:34 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

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