スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

臓器移植


6歳未満のこどもの脳死判定がされ、臓器提供がなされることになりました。

昨日からのニュースや新聞を読んで、涙が止まりません。

こどもの臓器移植に反対とか賛成とか、そういうことではないのです。

今はただただ、決断を下した両親が

これからの長い年月、必要以上に苦しむことがないようにと願うばかりです。

それから臓器提供を受ける人たちが、輝く新たな命を全うできますように・・・。



心の専門家が、これからも両親の心に寄り添ってケアしていって欲しい。

まわりの人やマスコミが不要に両親の心を傷つけないように

静かにしてあげて欲しい。

それから今朝の新聞記事の見出しに

「移植ネット  両親の決断 称賛」とあったけど、

そんなこと書かないで欲しい。

両親は勿論、称賛されるために決断したのではなく

(私がこうして書くまでもないぐらい当たり前のことですが)

両親のコメントを抜粋すると

  “息子が誰かのからだの一部となって、長く生きてくれるのではないかと。

    そして、このようなことを成し遂げる息子を誇りに思っています”

と心の底から思ったので、辛い決断したのです。

それから、「どこからが人の死なのか」とか「人の尊厳って何だろう」とか

これは一人ひとりが静かに自分と向き合って考えなければいけないことなので

簡単に「称賛」なんて見出しを付けないで欲しいです。



医学や科学の進歩も、人間が自由に意志決定できることも素晴らしいことです。

でもそれに伴う複雑さや困難も生じてきます。

昔なら考えなくても良かったことや、考えもしなかったようなことを

たくさんの情報の中から取捨選択し、自己決定していかないといけません。

それには何が必要なのでしょうか?

私は自分というものが理解できる

素直で純粋で透明な、心の目が欲しいです。










[ 2012/06/15 09:30 ] 考えたこと | TB(1) | CM(0)

40歳以上の人のひきこもり

今朝のNHKのニュースで、40歳以上のひきこもりのケースについて

放送していました。秋田の社会福祉協議会の調査に基づいたものです。

40歳前半の男性がインタビューに応じていました。

その方は病気をきっかけに、長年ひきこもりの生活を送るようになり、

親の収入で暮らし、普段はマンガやフィギュアなどの趣味に没頭し、

外出は週一度だけだったそうです。

「俺の人生、こんなものだと思うしかない・・・」と言ったその言葉が

酷く印象に残り、心がチクチクしました。

今その方は社共(社会福祉協議会)の運営する就労施設で訓練を受けており

ハローワークでの就活も行っているそうで、今では「働くのが楽しい」と

語っていました。本当に良かったなあと思いますが、ここまでくるのは大変で、

援助する人、そして本人の並々ならぬ努力が必要だったと思います。

ひきこもりは大きな社会問題ですが、40歳以上については今までベールに

包まれて、あまり表面化してこなかったそうです。しかし最近話題になった

生活保護の問題などともリンクしますし、高齢になった親に対する虐待や

介護放棄に結びつく危険性もあるなど、今後も調査や研究、そして援助が

必要です。



なんだか他人事ではないです・・・。

私は病気のため昨年の11月から自宅療養中です。症状は徐々に改善しており、

そろそろ社会復帰のことを考えなければいけません。

でももう7か月も家にいると社会に出るのがとても不安です。

私の両親はもういないし、一人っ子だし、頼れる親戚もいません。

おまけに息子の大学進学も控えています。

信頼できる人はいるので何かあれば相談はできますが、経済的な助けなど

望めるわけなんてないし、そんなこと申し出るつもりもありません。

だから遅かれ早かれ、再就職は必須ですし、自分の病気と上手く折り合いを

つけながら収入を得る方法を考えていかなければなりません。

でももし私に頼れる両親などの存在があったなら・・・

もしかしたらそのままズルズルと家に居続け、ひきこもりになってしまうかも

しれません。「そんなことは有り得ない!」とは、決して言い切れないなあ・・。



どうしてひきこもりの問題がこんなにも拡大してきたんだろう・・・。

原因はとっても複雑で解決も難しいとは思うのですが、誰にとっても

希望を見出すのが難しい世界に私たちは生きているのだと思います。

希望がないと生きるエネルギーが

枯渇してしまいます。







[ 2012/05/29 10:01 ] 考えたこと | TB(1) | CM(0)

父のこと


連続テレビ小説の「梅ちゃん先生」を見ていると

梅ちゃんのお父さんがいいなあ・・と思います。

厳しいけど優しくて、責任感が強くて使命に忠実で・・。

昔のお父さんには、あのようなタイプが多かったのでしょうか?



私の父は明治男です。私は父が57才の時の子どもです。

父は再々婚ぐらいだったみたいですが、母は初婚でした。

それはもう厳しかったです。父にしてみれば今まで子どもに恵まれず、

私がたった一人の子どもで(私は一人っ子)ましてや女の子なので

ある意味溺愛されましたが、厳しくて恐い父でした。

学校のない日は出かけてはいけないと言われ、父から家事を仕込まれました。

男尊女卑の精神も強く

「女は黙ってハイと言え」とか「勉強よりも家のことをしろ」とか、

よく言われました。それによく叩かれました。

部屋も毎日のようにチェックされ、散らかしている物は捨てられました。

年頃になり、男の人から電話があったり手紙が届いたりするともう大変です。

電話では「娘とはどういう関係だ!」と問い詰め、手紙は勝手に開けて読んでしまう

こともありました。他にも色んなことがあったけど、ブログには書ききれません。

私はいつも父の顔色ばかりみてビクビクしていたし、父のことが嫌いでした。

父が車で出かけると“事故にあって死ねばいいのに”とさえ思ってました。



厳しいのは別に構わないのですが、威張ってるわりには

言っていることとやっていることに矛盾があるので

私は表面では父に従ってはいても、心の中では軽蔑していました。

女遊びも何度かあったみたいで、母は私に泣きついていましたが

(娘に泣きつくなんて母も変ですね)

私は何の感情もなく“あの人が何をしようと関係ない”と

心は完全に冷えていました。そして喧嘩ばかりしている父と母が

どうして別れないんだろう・・といつも不思議でした。

父も母も私に向かって「お前がいるから別れないんだ」と言っていましたが

“私のせいにしないで!いい加減にして!”と思ってました。



父のことがあんなに嫌いだったのに、父が死んで15年ぐらい経つと

悪いところだけではなく良い面も浮かんでくるようになりました。



父は生活をきちんと管理していて働き者でしたし、綺麗好きでした。

朝4時に起きて、一時間かけて身支度を整え、その後丁寧にお茶をいれて

飲みます。それから朝ごはんまでの時間、部屋や外の掃除をしていました。

機嫌が悪いと二階で寝ている母と私に向かって

「家長より遅くまで女が寝ているとは何事だ!」とどなることもありましたが・・



感情的で短気な人でしたが、同情心の厚い人でもありました。



辛い家庭環境の中で育ち、学校は小学校2年生までしか行っていませんが

自分で勉強して英語もできたし、すごく字や文章を書くのが上手だったし、

一人静かにクラシック音楽を楽しむような人でした。



ハンサムでお洒落だったので、たとえ65才ぐらいの父でも授業参観に来てくれると

鼻が高かったです。背は大きくなかったのですがスラッとしていて

銀髪をキレイに撫で付け、三つ揃いのスーツを着た父は素敵でした。

父が入ってきた時、あ母さんたちの間で「あの人は誰?俳優?」という

どよめきがあったと、まんざらではなさそうに母はみんなに自慢してました。



結局15年前に肺がんで死にましたが、血中の酸素濃度がこんなに低くて

どうして起きていられるんだろう・・という状態になっても

横にはならずにリクライニングソファーで過ごしていました。

どうして横にならないのか?と聞いてみたら

「一度寝たら寝たきりになってしまうから起きてる・・」と頑なでした。

夜寝る時以外は、決してパジャマで過ごすことはありませんでした。

意識がなくなる数日前には母にすごく優しくなり、何かしてあげるたびに

「ありがとう」と言っていたそうです。父と母はすごく仲が悪くて

母はいつも父のことを「早く死ねばいいのに・・」と影で言っていましたが

父が突然劇的に変わったので、泣いて泣いて

「あのジイサン、どうして最後まで私をいじめてくれないんだろう!
 
   悲しくなっちゃうじゃないの!」エ~ン、エ~ンと大泣きです。

私にはよくわからないけど、夫婦って可笑しくて、そしてすごいものなんですね・・。



父は私にも謝ってくれました。

「お前にはずいぶん厳しいこともしたし、辛い思いもさせて済まなかった・・

   でもお前のことが可愛くて可愛くて仕方なかった」と泣きながら言ってくれました。



父のことがあんなに嫌いだったのに、父のある面だけは尊敬できるのです

今でも父との辛い関係は蘇り、私を苦しめますが、

尊敬できる・・ということは、私が幸せだということです。

生きていく力になるということです。パパありがとう・・。









[ 2012/04/20 10:48 ] 考えたこと | TB(0) | CM(0)

フェイスブック

 今朝のNHKのニュースを見ていて

 ちょっとビックリしたことがありました。

 企業の採用者が、就活している人の履歴書や面接だけでなく

 フェイスブックから日常の様子を知ることで、その人の「人となり」を見て

 採用のポイントとしている・・という放映でした。

 採用者がフェイスブックに望むポイントとしては

  ・写真は正面から撮った笑顔のものであること

  ・友達は50人以上

  ・前向きな内容であること

 等等だったと思います。

 もっと驚いたことに「就活に生かすフェイスブックの作成のしかた」

 みたいなセミナーもあるんだそうです。

 ある男性は友達の数を増やすなどの努力をして

 第一希望の企業に就職できたと笑顔で語っていました。



 私はフェイスブックを利用していないので、偉そうなことは言えないのですが

 そんなフェイスブックで本当にその人のことが分かるのでしょうか・・?

 疑問です。

 それに、就活に有利なようにとフェイスブックにまで気を使わなければいけない

 今の若い人たちが、なんだかとっても可哀想に思えました。

 一日中気を抜けないんじゃないかな?



 人間には光もあれば影もあるし、善もあれば悪もある・・

 美しい部分もあれば醜い部分もある・・・。

 光だけ、善だけなんて人は一人もいないわけで、光の部分ばかり見せていると

 いつの間にか何処かに歪みが出てしまうような気がします。

 社会から光の部分ばかり求められてしまう今の若い人たちは

 どのように影の部分を抑圧し、

 抑圧しきれない影をどのように発散するのでしょうか・・・。

 余計なお世話かもしれないけど

 やっぱり可哀想です。 



 人に良く思われたい・・という気持ちは誰にでもあるだろうし

 (私はその気持ちがすごく強いです)

 理想に向かって努力するのも人間にしかできない尊いことですが、

 あまりにもそれを追い求めすぎると、

 いつか精神に、そして社会全体に・・破綻をもたらしてしまうかもしれません。

 怖ろしいのはその理想が、自分のなりたい理想なのか社会が求めている理想

 なのかわからなくなってしまうことだと思います。 



 明るく、元気に、前向きに、ポジティブに・・・

 努力すればできる!理想のあなたを手に入れよう!

 いつもそんなじゃ、疲れます・・・。



 一緒にニュースを見ていた息子が

 「嫌だ、嫌だ!僕はフェイスブックなんかやらない!

   ううん・・?でもフェイスブックやってない人は就職できないのかな?」

 なんて、怖ろしいことを言ってました。

 そんな世の中にならないことを祈るばかりです。



 余談ですが、私も自分のブログを見直してみると

 “なんか気取ったブログでつかれるなぁ・・”なんて思うことがありますよ。



 




[ 2012/04/19 09:52 ] 考えたこと | TB(0) | CM(0)





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。