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スマート・エイジング・カレッジ

5月25日のカレッジのおさらいです。



1時限目

 「アレルギーの仕組みと免疫の不思議」

 東北大学加齢医学研究所 遺伝子導入研究分野  高井俊行教授



免疫もアレルギーも本当に難しいです。でも顕微鏡下でのミクロな世界の写真や

豊富な図や表・・・などを用いながらとても分かりやすく詳しく教えていただきました。

まだまだ解っていないこともたくさんあるようで、今後の研究の発展が期待されます。

アレルギーや自己免疫性疾患などで苦しんでいたり、アナフィラキシーショックで

生命の危機にさらされている・・などの患者さんが救われるようにと願います。



学んだことはたくさんあるのですが、その中でも養蜂家の人たちについての話が

印象深かったです。養蜂家の人たちはもちろんハチに何度も刺されたりするわけ

なんですが、毎年春から夏にかけて、ハチ毒に特異的に反応する

「レギュラトリーT細胞」という細胞が増えるんだそうです。この細胞にはハチ毒による

炎症を抑える働きがあり、養蜂家の人たちにとって、とてもありがたい細胞ですよね。

感染症で自然に獲得してゆく抗体という仕組みも勿論ありますし、

減感作脱感作という療法も存在しますが、私が“へえ~!”と驚いたのは、

養蜂家が毎年蜜を採集する時期に・・この時期に自然とこの細胞が増えてしまう

ということです。しかも人為的には、つまり科学の力をもっても、

この細胞を増やす方法はわからないんだそうです。

ヒトのからだは不思議で、なんて素晴らしく出来ているんでしょう!



それからもう一点・・・こどもを花粉症にしない方法です。



1.生後早期にBCGを接種させる

2.幼少期からヨーグルトなど乳酸菌食物を摂取させる

3.小児期はなるべく抗生物質を使わない

4.猫、犬を家の中で飼育する

5.早期に託児所などに預け、細菌感染の機会を増やす

6・適度に不衛生な環境を維持する

7.狭い家で、子だくさんの状態で育てる

8.農家で育てる(家畜の世話などで自然免疫の獲得)

9.手や顔を洗う回数を少なくする



つまり、あまりにもキレイキレイな環境で育てるのはかえってよくない・・・

ということですよね。除菌とか抗菌とか、あまりにも現代人が綺麗好きになったために

アレルギーが増えた・・というのはホントだったんですね。

でも都市生活を送っている家庭では無理なこともありますし(農家とか子だくさんとか)

講師の先生も、汚い環境のほうがいい・・と言っているわけでもないので、

何事も適度に・・・が大切なんですね。

ちなみにこちらは0~5才位までの乳幼児が対象で大人は対象外です・・・。



私は息子が小さい時はかなり衛生に気をつけて育てました。

息子が汚いものに触れるのは我慢できずに、ヒステリーを起こさんばかりでした。

高校生になった今でも、息子が学校から帰ると反射的に

「まずは手洗いとうがいね!」とか「汚いから制服早く脱ぎなさい!」とか

言ってしまいます・・・。

かなり神経質に育ててしまったのに、息子は床に落ちたものでも平気で食べるし、

外を走ってきた自転車を、タイヤも拭かずにそのまま自分の部屋に上げて

整備するし(私はこれが大嫌い!) 

部屋は汚いし・・・

でも正直言って、私のように神経質にならなくてホッとしています。



次回は二時限目のおさらいをしたいと思います。










スマート・エイジング・カレッジ


5月12日のブログの続きです。



2時限目

 生涯学習と社会参加 ~東日本大震災と社会教育 

                  3・11後の世界にむきあう学習を拓く~

 東北大学大学院教育学研究科 石井山竜平先生



明日はまたカレッジでの講義なのに、2週間も前のことを今更まとめようと

しています!講義の内容はとても素晴らしかったのですが、いろんなことを考えすぎて

しまい、頭の中でうまくまとまらず苦しんでます(なんてオーバーな・・・)



先生は成人継続教育がご専門なので、公民館やNPO、子育てネットワーク

などで繰り広げられ成果を上げている社会教育について紹介してくださいました。

そして3・11後に被災地の様々な地域で行われている取り組みについて

教えてくださいました。

詳しくはこちらの本に書いてあります。講師の石井山先生の編著の本です。


   120524_113252.jpg


    東日本大震災と社会教育 3・11後の世界にむきあう学習を拓く



被災地で、そして復興の現場で人々は何を思い、何を学んできたのか・・・

被災地から私たちは何を学ぶのか・・・。

被災から人々が立ち上がるために必要なこと、必要だったこと・・・

またこれからの学びについての課題や展望・・・



復興に向けて苦しみながらも懸命に生きて頑張っている被災者、

自らも被災した公民館職員、ボランティアの人々、

震災後に立ち上げられたNPOの人たち・・・

さまざまの人たちの生きた言葉が書かれています。



そして私が講義やこの本から学んだ一番のことは、人々の「絆」です。

盛んに叫ばれている「絆」ですが、絆の素晴らしさをあらためて感じました。 



私も被災者ですが、家族も無事だったし、家や仕事が無くなったわけでも

ないし、自分も被災者なのに、いつの間にか深刻な被害に遭われた人たちの

ことが風化してしまっていたような気がします。

松島や閖上や亘理・・・仙台からちょっとの距離、と言ってもいい程近い地域が

すっかり津波に飲み込まれたというのに・・・。



講義の締めくくりとして先生は

「千年に一度の大震災に生まれた私たち・・・その時代に生まれた私たちには、

  何かできること、役目があるのではないか・・・?」とお話しされました。



私はなぜこの時代に生まれてきたんだろう?

私の役目ってあるのかな?あるとしたらそれは何なのだろう?



話は変わりますが、先生が「成人の学びがダイナミックに顕れている映画です」と

黒澤明監督の「生きる」を紹介してくれました。

1952年の古い映画ですが、ツタヤで借りました。

先生は毎年大学院に入ってきた学生と、この映画を観るんだそうです。


   200px-Ikiru_poster.jpg


定年間近の市役所職員の主人公は、毎日書類の山に黙々と判子を押すだけの

無気力の日々・・・そんなある日、自分が癌で余命が短いことを知り、

今までの人生が「無意味だった」と半ば自暴自棄のようになってしまいますが、

やがては「生きる」意味を見い出していく・・・という内容です。



とてもいい映画だったのですが、私は変なところに気持ちがいってしまい

例えば・・・

“私が生まれる10年も前の映画なのに、こういう風景なんだか懐かしいなあ・・”とか

“昔の定年って55才だよね・・昔の55才は老けてるなあ・・今の55才はまだまだ

 現役なのに・・・”とか。

それから私の大大大好きな木村功さんが、若い医師役で出ているのを発見して

興奮してみたり・・・(若い人は木村功さんは知らないかな?)

肝心なことに集中できないで映画は終わってしまいました。



明日の講義も楽しみです。













   


   





スマート・エイジング・カレッジ

5月11日は第3回目のスマート・エイジング・カレッジでした。

前回の講義は最新医療技術に触れ、自分の中ではその知識を咀嚼して

取り込むのがメインでしたが、今回は哲学的なことや、個人の宗教観や

死生観が関係することだったので、講義を聴きながらも悩んだり考え込んだり

することが多く、今回ブログに記すのが難しくおもえます。でも自分の学んだことや

考えたことをまとめる機会にもなるので、やってみようと思います。




一時限目

 「あの世」はどこに行ったのか?

   ~近代日本における死生の行方~

 東北大学大学院文学研究科助教 桐原健真先生



まず、どうして日本では次第に「あの世」について語られなくなったのか・・

ということが考察されました。その理由を以下に示します。



・日本では1976年を境に在宅死より病院死が多くなり、今では病院死が8割を

 超えており、かつては身近で日常的であった死が病院での出来事、非日常的

 なものになってしまい、「あの世」とか「お迎え」について語られなくなって

 しまった。

・近代教育が成立するにあたり、日本はその基盤を現世主義(哲学や儒教の

 教えを重視)に置くか、宗教に置くかの選択に迫られますが、現世主義を

 選択したことで、神や仏、あの世・・といった現実世界を超越したものが

 否定されるようになってしまった。

・かつて日本は神道と仏教が融合されている傾向にあったが、1868年に

 神仏分離令が出されたことで、神道は宗教ではなく、儀礼であるとされ、

 仏教では仏などの超越性が否定されたことで、精神主義(念仏や座禅などの

 精神修練)に傾いてゆき、ますます「あの世を」を語らない社会になっていった。



などの背景があるそうです。



このような話は大変難しく、知識のない私にとってはまとめるのも困難なのですが、

やはり詳しくお知りになりたい方は、自分で調べてみてくださいね。

ごめんなさい。



次に、では本当に「あの世」は無くなってしまったのか?という問題です。



在宅緩和ケアを行っている医院で、看取りを行った家族へのアンケート調査を

行ったところ、亡くなった方が亡くなる1か月前とか何日か前に

「今、死んだお母さんが来て、話をしていたんだ・・」とか、

「死んだ弟がきてくれて楽しかった」とか「・・迎えの船が来てたんだ」とか、

いわゆる「お迎え」体験をしていた人が、何と全体の4割以上いたということです。



こういう話は昔からあるので、そう驚くようなことではないのですが、

4割以上・・と考えると、“どうしてそんな現象がおこるのかな?”という

疑問が生じます。ある人は「そういう現象は科学的に証明できる」と言う

かもしれないし、「目に見えないものは信じない」と言う人もいるでしょう。  

また霊的なものの存在を信じている人もいます。でも死んで生き返った人は

いないので、その人に「あれはホントにお迎えだったの?」とか

「あの世って、あるの?」とか聞くことはできないので、本当のことなんて

わからないし、議論しても仕方ないし、分らなくていいことだと思います。

大切なのは、それらのお迎え体験が、死にゆく人にとっては

事実だということ・・それだけでいいんだと思います。



“人は一人で生まれて、一人で死んでゆくもの”というのが定説で

誰でもそのことは理解して生きていますが、もし死の間際にあって

親しかった人がお迎えに来てくれて、水先案内人になってくれるのなら

恐怖感や悲しみの軽減、あるいは大きな慰めになるのかもしれません。



この調査は在宅緩和ケアを受けていた患者さんの家族に対する調査

ですが、病院だと、患者さんがお迎え体験のことを話したりすると、

精神錯乱からくる幻覚や幻聴だと診断されて、鎮静剤など投与される

こともあるそうです。そうなると患者さんは、意識が不明瞭になって

お迎え体験ができなくなったり、残していかなければいけない家族にも

残していきたい言葉を発することが出来なくなってしまうかもしれません。

激しい死の恐怖に怯えていたり、悪夢のような幻覚に苦しんでいたり、

あるいは辛い疼痛に襲われているような人には、薬物投与が必要ですが、

穏やかにお迎え体験をしている人にそのような「治療」は

何になるのでしょうか・・・?



1998年のWHOにおける健康の定義には、従来の、肉体、精神、社会福祉の

他にスピリチュアルな健康が含まれましたし、2002年のWHOにおける

緩和ケアの対象には、痛み、身体的問題、心理社会的問題、そして

スピリチュアルがあげられているそうです。宗教的にあいまいな立場にある、

そして、あの世について語らなくなった日本人は、このスピリチュアルな

問題について話し合うのは非常に難しいんだそうです。でも哲学者や

宗教学者ではなくても、あるいは医療従事者ではなくても、すべての人が

スピリチュアルな事柄について考え、話し合ってゆく必要が

今の時代は特にあるのだと思います。



スピリチュアルというのは難しい概念ですね・・。一言で言うと

「霊的な必要」とでも言うのでしょうか?

精神よりももっと上位にある概念なんでしょうね。

私はそのように理解しています。



余談ですが、カレッジを終えて帰宅してから、息子に講義の内容を話して

次のようにお願いしました。

「お母さんの死が近づいて、誰かがお迎えに来たんだよ・・と言っても、

そんなことあるわけないでしょっ!・・って言わないでね。お迎えがきてくれたら

寂しくないね、良かったね・・って言ってね 」とお願いしました。

息子もわかってくれて、「うん、分った。そうするよ。」と言ってくれました。



二時限目は次回にしますね。




 

スマート・エイジング・カレッジ

前回のブログの続きです。



二時限目

 がんと血管 がんの兵糧攻め

 加齢医学研究所教授 佐藤靖史先生


 
 癌細胞がまだ小さいうちは血管がないのですが、やがて他のところから

 血管を引き込んで血管を新たに作り出す(血管新生)ような因子を癌細胞が

 自ら放出するようになり、血管新生がおこります。血管を持つようになった

 癌細胞は酸素や栄養を取り込んで成長してゆきますが、新生された血管は

 異常(未熟)であるため、脆くて破れやすいので、癌細胞が血行転移し

 転移性癌が発育していきます。そこで血管の新生を促す因子の作用を

 ブロックして癌細胞をやっつける治療が「抗血管新生療法」で、現在様々な

 薬剤が用いられているそうです。

 しかしその薬は、正常な血管内皮まで障害してしまうこともあるので、

 創傷治癒の遅延や出血、高血圧・・などの副作用の問題もあるんだそうです。



 しかし現在では、血管内皮細胞が自ら作り出す血管新生を抑制するような

 因子(Vasohibin)が新発見され、現在研究中なんだそうです。

 Vasohibinは血管内皮を障害しないので 副作用の心配もなく、また従来の

 抗血管新生療法ではVEGFという一種類の因子しかやっつけられない

 ものだったのに対し、Vasohibinは他の因子のよる血管新生も

 抑制できるんだそうです。また血行転移だけではなく、リンパ管転移も

 抑制する作用があるそうです。

 今はまだ研究中ということですが、早く臨床治療で用いることができるように

 なればいいと思います。



 これらは講義を聴いて、私が後からまとめたものなので、理解不足のため

 もしかしたら誤りがあるかもしれず、もしそうなら申し訳ありません。

 詳しくお知りになりたいかたは、調べてみるのが一番だと思います。




 カレッジでは最新の情報を、その分野の第一人者の先生方から

 教えてもらうことができ、とても幸せに思います。

 テストや受験のための勉強は苦痛だったけど、大人になってからの勉強は

 とても楽しいです。カレッジでは約100人の受講生がおり、30~70才台

 ぐらいの年齢層の学生と大学院の学生さんたちとで構成されていますが、

 みんな元気で生き生きしていて、特に高齢の方などが示唆に富んだ質問などを

 積極的にしているので、そのことからも多いに励まされています



 




スマート・エイジング・カレッジ

 
 今日は平成24年度スマート・エイジング・カレッジの開講式でした。

 昨年度は東日本大震災の影響で中止になってしまったので、

 今年の開講がとても嬉しいです。



 月2回のペースで一年間の講座です。

 場所は青葉区星陵町の東北大学加齢医学研究所の中にある

 スマート・エイジング国際共同研究センターです。


      
       カレッジ2




 日本はこれから超高齢社会という、極めて深刻な時代を迎えようと

 していますが、少子化や年金の問題など、すぐには解決できないような

 問題が山積みの中、私たちには(中高年齢層)何ができるのか・・・

 とういうことを考え、考えるだけではなく実行し社会に還元するための

 ステップとしましょう・・というのがカレッジの大きな目的です。



 アンチ・エイジングという言葉を使わないのは

 そもそもエイジングというのは単に「加齢」という意味で

 加齢は生まれた時からすでに始まっていて一生続くものであり

 「アンチ」というのは現実的には有り得ないし、

  ・年をとるのは病気になることである

  ・年をとることは醜い

  ・若者は年寄よりも優れている

 というネガティブなイメージがつきまといます。

 それに対してスマート・エイジングという思想には

  ・加齢現象は成長であり、より賢くなることである

  ・加齢とは何かを得ることである

  ・加齢は人間の発達である

 という意味があるんだそうです。


 スマート・エイジングのほうがカッコイイですよね

 一年間勉強に励んで、何かを掴みたいと思っています。


     
         川島選手


  川島隆太先生は、テレビで見るより若々しくて素敵でした

  (写真がぼやけてしまってゴメンナサイ!)


 次回からは東北大学の学生さんたちと一緒に講義を受けるということで

 これまた楽しみです。










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